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「唯我独尊」の原子力規制、正しい形に直そう  石井孝明(経済・環境ジャーナリスト) 2017.5.19


(写真)原子力規制委員会の田中俊一委員長(NHKニュースからのキャプチャー)

知られていない原発停止の巨額負担

13.2兆円–。この巨額の数字は福島第一原発事故以降、2012年度から16年度まで原発が停止したことによって、代替エネルギーとして必要になった天然ガスのなど化石燃料の追加燃料の値段だ。経産省の試算による。


(図表)経産省による原発停止による追加燃料費の推計

この金額は大きすぎる。しかし社会的にあまり知られず、また深刻に受け止められていないのは不思議だ。ほぼ無資源国の日本は化石燃料をほぼ全量海外から購入しているので、この金は国外に流失している。「アラブの王族」や「ロシアのエネルギー企業」の懐を、日本が潤しているわけだ。

この負担は電力料金に転嫁された。震災前と比べて産業用で3割、料金の行政による規制の一部残る家庭用で2−3割、料金は上昇した。企業は苦しんでいるが、家庭向けではその上昇があまり意識されない。この巨額の金を使ったら、福島原発事故からの復興も加速し、また日本はより豊かになったであろう。もったいないことだ。

「羮に懲りて膾を吹く」原子力規制

この国富の流失は、原子力の再稼動が遅れているためによる。2017年5月1日時点で、日本の原発の数は45基。ところが同時点で稼働はわずか3基だ。そして原子力規制委員会が、原発の再稼動のために、新規制基準への適合を求めているが、その審査がなかなか終わらない。

福島原発事故後、批判を受けた原子力規制行政が見直された。そして独立性を強めた原子力規制委員会が2012年9月に発足した。規制委は翌13年7月に原発の新規制基準を策定。その基準は、原子力発電所を運営する電力会社と相談は少なく、世界各国の規制の中から厳しそうな規則を見つけ出し、並べた。今の原発は装備をつけすぎた「ゴテゴテプラント」と呼ばれている。

福島事故前に、各事業者は原発の規制基準の適合を、国から認められていた。東電の福島原発も違法ではなかった。ところが、規制委は過去の合格の経緯を無視して、新しい規制に適合するかを再稼動の条件に、ゼロから審査をやり直している。時間がかかるのも当然だ。そして「やり直しが必要」とする法律上の根拠はない。

規制委は当初、審査に必要な時間を「1プラント半年ですむ」と述べていた。しかし、審査は4年ほど経過したが、まだ5基しか終わっていない。大幅に遅れている。他国でも、これまでの日本でも、原子力の事故が起こった場合は、原発を稼動させながら問題を是正していった。すべて止めるということはほとんどない。これは企業の所有する発電所であり、稼動しなければ経済的な利益も電気も生まないためだ。米国の原子力規制行政の担当者も「おかしい、非合理的だ」とクビをかしげていた。

そして原子力規制行政の内容も問題だ。その規制の実態は一言で言えば「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」状態になっている。つまり規制を過剰にしすぎたために、発電プラントである原発を活用できないようになっている。福島事故の反省は大切だし、原子力に安全を求めることは事故を経験した国民の総意だ。ところがそれがバランスを欠いたものになった。

全原発の安全性の審査をやり直すという行政活動は、事業者に負担を与えている。関西電力高浜原子力発電所(福井県高浜町)の運転延長に向け、原子力規制委員会の審査の対応にあたっていた同社の40代の男性課長が16年4月に自殺した。これを敦賀労働基準監督署が「過労自殺」と労災認定した。1カ月の残業が最大200時間に達することもあり、過労が原因だと同年判断した。原発の審査関係書類は原発1基当たり8万から10万ページになり、大型の本棚2つ分になる。それを書く方、審査する方も大変だ。「現場を知る事業者の意見を聞くことを妥協と感じているらしい。書類で原発は安全にならない」と批判する工学の研究者もいる。

そして再稼動の遅れだけではない。規制委は活断層審査、また核燃料サイクル、もんじゅなどの高速増殖炉の開発でも、規制委の行動が、事業者と対立したり、政策の遂行を混乱させたりする場面がある。

「「独立」ではなく「唯我独尊」だ。原子力規制委員会は、事業者とも、立地自治体とも、国民とも適切なコミュニケーションをしていない。そして政策に合理性もない。批判を怖れて、過剰規制を行っている」と、原子力工学研究者が批判していた。

批判を怖れて政治が放置

原子力規制行政の混乱は、日本の政治の現場では大きな問題になっていない。原発が動かなければ、反原発が半数程度ある世論から、批判が出ないためかもしれない。安倍晋三首相と政権交代後の経産大臣は「原子力規制委員会が安全と判断した原発から再稼動する」と繰り返す。これは注意深く聞くと、原子力規制委員会に政治が責任を丸投げしているように思う。「安倍政権は原発推進」という批判が多いが、私はそうは思わない。「安倍政権は政治的なリスクを避けるために、原子力の問題から逃げている」というのが、現在の状況に思える。

日本の原子力安全行政の頂点に立つ原子力規制委員会の第2代委員長に、委員長代理の更田(ふけた)豊志氏を充てる人事案が4月に国会に示された。新体制は現在の田中俊一委員長が任期満了となる9月から発足する。

更田氏は原子力規制委員会の委員で、この混乱した規制行政の当事者だった。実務を担う原子力規制庁の能力不足、また混乱を放置する政治などの問題もあり、彼だけが責任を負う立場にはない。そして状況の改善に取り組んできた。しかし、結果から見ると、それがうまくいっているとは思えないのだ。適切な人事とは思えず、安倍政権の逃げの一環ではないかと私は批判的に、この決定を分析している。

原子力規制が混乱している。そして、行政、政治などの責任のある人が、批判を怖れて放置をしている。損をしている国民はそれを知らない。

原子力について、脱原発など、さまざまな意見があることは理解している。しかし脱原発の道筋を考えることは目先に原発を動かしながらで可能なはずだ。原発が止まることで金銭的な損害が発生し、日本経済へ負担が加わり続けている。

こうした事実を直視し、原子力行政に関心を向け、安全と経済性を両立させる適切な原子力行政に生まれ変わるように、消費者の声でうながしていきたいものだ。

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