日本エネルギー会議

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人間が地球に及ぼしたもう一つの影響 此村守(福井大学附属国際原子力工学研究所 客員教授) 2017.9.1

 前回、蒸気機関を発明したことにより、地球の炭素が回る仕組みに、人間が影響を与えているとお話ししました。今日は人間が地球に与えたもう一つの影響を考えてみます。

 生物にとって一番大切なものは食料です。これは人間でも変わりません。食料がなければ、人は飢え死にします。そして、生物は、見かけ上弱肉強食の世界に見える、太陽エネルギーの収支の世界、つまり食物連鎖の世界に生きています。
 ところが、人間はこの収支から逃れるすべを見つけました。農耕です。農耕により自らの食料を自らのためだけに生産することができる、つまり食物連鎖から逃れ、太陽エネルギーを自分たちのためだけに使えるようになったのです。農耕こそが、地球に大きな影響を与えるもう一つの要因です。
 しかし、その影響は最近になるまでたいしたものではありませんでした。なぜ最近になって、その影響が大きくなったのでしょうか?

 農耕には太陽エネルギーともう一つ必要なものがあります。肥料です。肥料の主成分は窒素(N)です。残念なことに、昔はこの肥料を合成することはできず、古くは川の氾濫による有機物の分散、19世紀にはチリ硝石あるいは最近まで人間の排泄物を使っていました。合成できなかったのは、窒素が化学的に非常に安定だからです。

 昭和20年代生まれから現代の生活を見たとき、大きく変わったなと思うのは次の点です。
  ・洗わずにそのまま生野菜が食べられること
  ・爪を伸ばすことがビューティーの観点から必須になっていること
 昭和30年代の小学校では、野菜は生のままで食べてはいけない、爪は伸ばしてはいけないと散々叩き込まれました。野菜の肥料として人間の排泄物を使っていたからです。そのため、野菜や爪の間に付着した回虫の卵を飲み込まないように教育されたというわけです。
 「虫下しのチョコレート」というのをご存知でしょうか。体の中に入ってしまった回虫を外に出すために食べるチョコレート味の薬です。当時、甘味の少なかった時代には、これすらも大変美味しく感じたことを覚えています。

 ところで、地球上の人口が増える様子を見ると、二箇所で増加の割合が大きくなる時期があります。一つ目は18世紀後半、つまり蒸気機関が発明されて馬力から機械力に変わった時です。それまでは1万年程度かけてやっと8億人に達した人口が、18世紀後半から20世紀前半の約200年間で20億人になります。
 1万年かかったことを200年でなし遂げてしまいました。二つ目は1930年前後に現れます。1930年からわずか80年の間に70億人に増加しました。1913年から5年間第一次世界大戦が続いた後、1939年から第二次世界大戦が始まるまでの間に何かが起ったのです。

 第一次世界大戦直前に、ドイツにおいて、窒素と水素を高温・高圧下でアンモニアに合成する方法が確立しました。ハーバー・ボッシュ法です。人間は自ら肥料を生産する手段を手に入れました。
 この結果、食料を大量に生産することが可能となり、世界の人口を爆発的に増やすことができるようになったのです。

 窒素を物質収支という視点で見るとどうなるでしょうか。まず、バクテリアが空気中の窒素ガスを生物が使えるような形に変えます。これを「固定」と言います。この固定された窒素分を含む植物を動物が食料とすることにより、食物連鎖の経路に入ります。
 それぞれの生物の排泄物及び死骸の腐乱により、生物の体を形作っていた窒素分が解放され、再び植物の栄養素となります。一部はバクテリアにより窒素ガスに戻るものもあります。このような仕組みで延々と流れてきたのが、1930年以前でした。言い換えると、地球上で生物が使える窒素分は20億人分程度しかなかったということです。

 1930年以降、空気中の窒素を固定して肥料を作るという人間が手に入れた技術により、さらに50億人分の上乗せが可能となり、現在に至っています。つまり、窒素の物質収支という視点で見ると、自然界になかった人間が固定した窒素分は、大雑把に言って、今の私たちの体の7割(50億➗70億)を形作っていることになります。

 もうお気づきでしょう。今の爆発的な人口を支えている肥料、私たちの体の7割近くを占める人工的な窒素分、これを製造する高温・高圧という環境を作るために、莫大なエネルギーが必要です。普段何気なく口にしている食料を生産するために、エネルギーが必要な時代となっています。

 今や、食料を作るための窒素とエネルギーを生み出すための炭素(石油・石炭)とが、密接に結びついてしまいました。「温暖化」対策のためにエネルギー消費量を絞り、食糧生産を減少させることができるか、あるいはこの窒素と炭素の結びつきを切り離すことができるか、私たちはとても難しい時代に突入しています。

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