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白熊くんたちに見送られるLNG船 岩瀬昇(エネルギーアナリスト)2017.11.15


(出典:Wikipedia )

 地球温暖化に懐疑的なトランプ大統領は、2017年6月1日、選挙公約とおりに「パリ協定」からの離脱を発表した。だが、地球温暖化は間違いなく進んでいる。
 国連傘下のIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)が2013年から2014年にかけて発表した第五次評価報告書に基づけば、地球温暖化の影響により今後数十年間、海面は一年に平均0.3~1.0cm程度、上昇すると予測されている。
 一般人にはなかなか「海面が上昇している」と体感できるレベルではない。だが、氷結のやわらぐ夏季期間のみとは言え、LNG船が北極海東北航路を取り、アラスカとシベリアを分かつベーリング海峡を南下して、最大のLNG需要地域である北東アジアまでやって来ることが可能になったのは、間違いなく地球が温暖化していることの証左だ。

 地政学の祖と呼ばれるマッキンダーは、1895年『デモクラシーの理想と現実(原題)』(邦訳本は『マッキンダーの地政学』と題され、原書房より2008年に出版されている)を著し、「東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する」と指摘した。
 「世界島」とはユーラシア大陸とアフリカのことであり、「ハートランド」と命名されているのは、ほぼ現在のロシアに相当する地域だ。
 マッキンダーによれば「北の凍ったシベリアの平原から、南はイラン、バルチスタンの海辺に近い急峻な斜面にいたるまで、これまで海からの交通は絶えて不可能であった」「海抜にしてせいぜい数百メートル内外の平野部」こそが「ハートランド」なのだ。
 このような地理的要因からロシアは、歴史的に西へ、南へ、東へとフロンティアを拡大し、大海に通ずる不凍港を求め続けてきた。だが過酷な北極海が立ち塞がっている北方方面には、フロンティアを開拓して大海に通ずることは困難だと、長いあいだ断念されていた。
 たとえばロシア連邦軍の北方艦隊は、レニングラードや首都モスクワを管轄する西部軍管区の傘下に位置していた。ところが、2014年12月1日から昇格し、北極圏統合司令部として機能することになった。
 シベリア北部および北極海に眠るエネルギー資源の重要性と、北極海北東航路の商業的利用が可能となった地政学的要因が大きく影響しているのだろう。

 北極海北東航路を通って、LNGが初めて九州電力に搬入されたのは2012年12月のことだった(「九電、北極海経由でLNG調達 輸送距離を短縮」日本経済新聞2012年12月6日)。ロシアの国営ガス会社ガスプロムが、北極海に面したノルウエー領バレンツ海のスノービットLNGプロジェクト(生産開始2007年)から、「オビ河号」に11月7日にLNGを船積みし、はるばる北極海を東進して輸送して来たのだ。報道されてはいないが、氷塊衝突のリスクを回避するため、北極海海域はロシア海軍の原子力砕氷船が先導し、いわば試験航海を行ったものと思われる。


(出典:JAXA)

 この北極海北東航路を利用したLNG定期輸送が、近々本格的に始まる見込みだ。
 2017年11月あるいは12月には、総事業費269億ドルのロシア・ヤマルLNGプロジェクトの商業生産が開始され、第一船が積み出される予定となっている。
 「ヤマル」とは、現地語で「最果て」を意味する。シベリア北部の、北極海に面した半島の地名だ。一年のうち8ヶ月を冬季が占め、最低気温は氷点下60℃まで下がる。平均気温12℃の夏季には、短いながら30℃まで気温が上がる時がある。蚊や虻が大量発生し、永久凍土は溶けて沼沢地になる。シベリアの中でももっとも自然環境が厳しい地域だ(「本格化するヤマルLNGプロジェクト」原田大輔、JOGMEC『石油・天然ガスレビュー』2013年7月号所収)。
 同地におけるLNGプロジェクトは、2010年、プーチン首相(当時)が「ヤマル半島におけるLNG事業開発総合計画」に署名したことから始動した。翌2011年には仏トタールが20%参画し、本格的に動き始めた。
 現在ではオペレータでもあるロシアの民間企業ノバテックが50.1%、仏トタールが20%、中国のCNPCが20%、そして同じく中国のシルクロード基金が9.9%所有し、年産550万トンのトレインを3基、合計1,650万トンの能力を持つプロジェクトとして建設が進められている。
 かつては、前述したような自然環境の過酷さから商業化が困難だとされていたが、技術革新と地球温暖化による北極海の氷塊状況の変化により、LNGプロジェクトが推進可能になったのだ。
なおノバテックは、ヤマルの隣接地で次のLNGプロジェクトも検討中だ。

 ヤマルLNGプロジェクトには、天然ガスを生産し、液化する地であるヤマル半島を取り巻く過酷な自然環境という障壁に加え、消費地までの輸送問題という、もう一つの難題が存在していた。
 ヤマルより南の西シベリアで生産されている天然ガスは、パイプラインを経由して欧州市場にまで送り込まれている。このパイプラインに接続することも一つの方法であった。だが、欧州市場はこれ以上拡大する余地は少なく、一方、アジア市場ではさらに需要が増大する可能性が高い。何とかLNGにしてアジア市場に売り込めないか。
 この難題を地球温暖化が救うことになった、という訳である。


(出典:ノバテック社IRミーティング資料 2016.11.16)

 ヤマル半島から、北極海北東航路を利用しベーリング海峡を南下すれば、もっとも巨大なLNG市場である北東アジアまで、欧州経由に比べほぼ半分の航海日数で済む。プロジェクトの競争力が大幅に向上することになる。
 ヤマルLNGプロジェクトは、夏季には北極海北東航路を使用すべく、最大氷厚2.1メートルの氷海でも単独砕氷航行が可能な特殊LNG船(砕氷LNG船)を建造することとした。すでに15隻分発注し、徐々に建造が終わり、引き渡しが始まりつつある。
 冬季の北東航路近辺では氷厚が2.1メートル以上となり、砕氷LNG船でも航海することには多大のリスクを伴う。そこで冬季は西航路を取り、欧州顧客への販売(通年)に加え、欧州北部で通常のLNG船に積み替え、アジア向けに販売する構想となっている。

 北東アジアでは中国が主要買主と見られており、日本顧客が長期購入契約を結んだとの報道はない。
 日本勢のヤマルLNGプロジェクトへの関与は、これまでのところ砕氷LNG船の操業と、LNG基地建設に関わるEPC所要資金へのJBIC融資に限定されている。
 砕氷LNG船については、商船三井が中国の中国海運(集団)総公司とJ/Vを作り、3隻の砕氷LNG船を韓国の大宇造船で建造している(商船三井のプレスリリース「ロシア・ヤマルLNGプロジェクト向け新造LNG船3隻の造船契約を締結~世界初の砕氷LNG船によるLNG輸送プロジェクトに参画 北極海航路の商業運航を実現~」2014年7月9日)。
 また、プロジェクトへの融資契約については、2016年12月、来日中のプーチン大統領と安倍首相臨席の下、「ロシア連邦ヤマルLNGプロジェクト向けバイヤーズクレジット」融資契約をJBICが締結している。日揮および千代田化工が参画しているLNG基地建設に関わるEPC資金の一部に充当されるものである(同題のJBICによる2016年12月16日プレスリリース参照)。
 これまでのところ、日本顧客によるLNG長期購入契約はないが、近年増加しているスポット契約での購入が行われることになるのでは、と筆者は判断している。また仏トタールは「ポートフォリオ契約」と呼ばれる、生産地をどこにするかは売主の判断で決められる内容の契約をいくつか持っていると伝えられており、この契約の一部としてヤマルLNGが日本にも届けられることもありうるのではなかろうか。

 砕氷LNG船の第一船はすでに建造され、引き渡されており、テスト航海も終了している。
 この第一船は、2014年10月20日、モスクワ空港での不慮の事故により逝去した、筆者も個人的に何度か会ったことがある、仏トタールの前最高経営責任者の名前を取り「クリストフ・デ・マルジェリ号」と名付けられた。プロジェクト推進への多大なる貢献への栄誉を称えたもので、命名式にはプーチン大統領も出席した。

 2017年11月ないし12月と言われている商業生産開始時期は、ぎりぎり北極海北東航路の航海が可能な時期とみられている。したがって「クリストフ・デ・マルジェリ」号が白熊くんたちに見送られ、ベーリング海峡を下って雄姿をアジアの海に見せるのもそう遠くないであろう。
 米国産LNGもパナマ運河経由、北東アジアに搬入され始めており、世界のLNG取引は、まさに新しい時代を迎えているのである。

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