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原子力:リスク神話を乗り越えられるか 豊田正和(一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 理事長)2018.1.9

 2011年3月の福島第一原子力発電所の事故から6年半余が経過した。2012年9月に、他の政府機関から完全に独立した原子力規制委員会が設立されて5年余。世界トップクラスに厳しい安全基準の下、遅い遅いと非難されながらも、着実に審査を続け、現在は、5基再稼働を果たし、更に、少なくとも4基の再稼働が視野に入ってきている。習熟効果もあり、規制委員会も、審査される企業側も、少しずつスピードが出てきたように思う。
 しかし、ここに立ちはだかるのが司法と地方自治体の判断である。
 司法においては、一部の地方裁判所において仮処分により再稼働が差し止められたものの、2つの上級審で、規制委員会の判断を尊重して再稼働を認め、判例として確立しつつあるようだ。と記述した2週間後の12月半ばに、広島高裁が、伊方原発3号機の運転差し止めを決定した。
 「新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理」としているが、原子力の安全性に係る専門家集団である規制委員会の判断を、法律解釈の専門家集団である司法が尊重することは、欧米における国際標準となっており、脱原子力を政策決定したドイツとて例外ではない。これでは不思議の国ニッポンと言われても仕方ない。異議審においては、規制委員会の判断を踏まえて、国際標準に整合した決定を期待したい。
 地方自治体はどうか。一部の地方自治体が、原子力規制委員会の判断を尊重しない方針を打ち出している。これは、科学的判断というより、政治的判断であろう。安倍政権は、2014年にエネルギー基本計画を見直し、エネルギー政策の基本方針を「3E+S」(エネルギー安全保障、環境適合性、経済効率性+安全性)と定めた。
 原子力が、3Eの観点から見ると、ほぼ優等生であるのは、国際的に周知の事実であり、ここでは敷衍しない。もっとも、シェール革命により、天然ガス価格が大幅に低下した米国や、新しい炉型を採用して、試行錯誤のため工期が伸びた欧州では、新設炉の経済性に疑問も呈されている。
 日本の場合は、既存炉は当然として、新設炉においても発電コストはエネルギー間で最も安いものとされている。従って、地方自治体が躊躇するのは、安全性に対する国民の信頼回復が十分でないことの反映であろう。それは、事故前にあった安全神話の振り子が大きく反対側に触れて、いわばリスク神話にとらわれがちなことから生じている。
 原子力の安全性については、3つの要素からなると筆者は考えている。
 第一に、技術だが、これは、今でも世界トップクラスと言って良い。福島でも、地震には耐え、その後に続いた津波によって生じた全電源喪失対策が不十分だったことが事故の要因というのが国際的な定説になっている。2001年9月11日の米国における同時多発テロ以降、全電源喪失対策の導入は、国際標準になっていたが、日本では、規制対象とされていなかった。その原因として、産官学の癒着構造も指摘されており、それゆえに、独立した規制機関が設立されたのだ。
 従って、第二が、規制機関の独立性の確保であり、この点も事故前と大きく変わり、今やクリアーしている。
 第三が、安全文化の確立だ。2つに分けて考えたい。一つは、電力会社の意識改革だ。米国では、スリー・マイル・アイランドの事故以降、電力業界がINPO(原子力発電運転協会)を設立し、日本のトップランナー・アプローチさながらに、ベスト・プラクティスを学び合い、業界全体に広げる努力がなされている。
 これは、規制機関(NRC)の規制はミニマムとして、それ以上の対策を互いに学びあいながら導入するというものだ。規制機関もこれを評価し、成績の良い発電所の審査は、スピーディーに行われている。この点について、日本でも、JANSI(原子力安全推進協会)が設立され、同様の努力が行われている。
 残る課題は、国民の安全文化ではないか。事故前に、安全神話ができてしまい、事故により裏切られた思いから、今や、原子力は絶対に危険といったリスク神話に陥っていないだろうか。欧米の国際標準は、事故のリスクはゼロにはならないが、許容可能なリスクまで低下させることが重要であり、万が一の事故に対しては、避難計画と避難訓練で備えるというものだ。
 日本におけるリスクは、少なくとも1炉当たり4000年に一度の事故を想定とした水準にまで低下したという考え方で整理されている。原子力のリスクを強調する人は、地球温暖化やエネルギー安全保障の不十分さがもたらすリスク、すなわち地球社会の崩壊や、失業のリスクに目を覆いがちではないか。
 信じていた安全神話が、裏切られたとの不信感は理解できるものの、エネルギーの安定、かつ低廉な供給こそが、経済発展の基礎であり、気候変動に真摯に対応することが世界第三位の経済大国日本の責任と考えれば、リスクというものを、感情から離れて、科学的視点から直視することが必要ではないだろうか。
 「原発への依存度を可能な限り引き下げるが、2030年で、20-22%程度は必要とするエネルギー・ミックス」を掲げる安倍政権が、2017年秋の総選挙で大きな勝利を収めたこと
から見ると、大多数の国民が、こうした考え方を支持し始めているように思われる。

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