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廃坑と江戸期の鉛瓦を利用した低レベル放射線実験施設 吉村佳美(フリーライター) 2018.2.8

 「石川県には廃坑を利用したすばらしい実験施設がありますよ」。広島大で放射線を専門にしていた先生からそんな話を耳にしたのは、もう10年も前のことだろうか。地元にいながらなかなか出向くことができなかったが、今回、念願がかないようやく見学の機会を得たので、ここに紹介したい。

 石川県小松市南東の山間部に位置する旧尾小屋鉱山は、江戸時代は金山、明治〜昭和にかけて銅山として賑わった。この坑道を利用した低レベル放射線の実験施設が金沢大学環日本海域環境センター 尾小屋地下実験施設(旧金沢大学理学部附属低レベル放射能実験施設)=Ogoya Underground Laboratory(OUL)だ。2010年、奇跡の帰還を果たした小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワから持ち帰った岩石質微粒子の元素分析も、実はここで行われた(微粒子の輸送は、盗難や事故を避けるために、手持ちのケースに入れて鉄道で運んだそうだ)。


(写真1)実験施設のある坑道の入り口

 小松空港から車で40分、紅葉も終わりかけた山の中腹にその坑道は口を開いていた。実験施設は坑道入り口から270メートルのトンネル中央部にあり、トンネル内の岩石中の放射能は比較的低く、また内部が自然換気されるため、空気中の放射能が低いのが特徴だ。珍しいのは実験設備の遮蔽材として、金沢城に用いられていた江戸時代の鉛瓦を使っている点だ。こうした好条件が整い、ここで世界でもトップレベルの微量の放射能測定が可能となった。
 この鉛瓦は金沢城の解体時に廃棄されたもので、3〜400年の時を経て既に減衰しているためこれ自体が持つ放射能の影響も受けず、測定の妨げとなる宇宙線を遮るのに最適だという。地上の100分の1のバックグラウンド(測定試料が無い状態での自然の放射線)と100倍の測定感度を誇り、水深換算がわずか270メートルにもかかわらず、地下1000メートル以深の実験測定室とほぼ同レベルだ。ちなみにニュートリノ観測で有名な東大宇宙線研究所のスーパーカミオカンデは水深換算で2700メートルである。
 そのためこの実験施設では、従来の10分の1以下の少ない試料でも高い精度で測定でき、またサンプリングや試料の前処理、測定時間等を大幅に削減し、これまで不可能だった新たな研究にも着手できるようになった。加えて検出器の数が19台と突出した台数を持ち、複数の研究を同時に進めることができるのも特筆すべき点であろう。
 実験設備はというと、見た目はいかにも最先端というのとは全く正反対の、わずか2坪程度のプレハブ小屋が2棟。湿度が高く、小屋の中では除湿器3台がフル稼働している。その出入り口に張られたのはあちこち破れかけたビニールの仕切りがかけられている。坑内物質の何らかの影響により、ビニールの劣化が非常に早いらしい。世界には宇宙線などの物理現象の測定を目的とした施設は約10ヶ所あるが、その中でもトップクラスの施設が石川県の廃坑の中の小さなプレハブ小屋で、江戸時代の遺物が利用されていることは興味深い。


(写真2)測定装置。手前の黒い板が遮蔽材の金沢城の鉛瓦


(写真3)坑内は湿度が高く、照明の光を得てツタなどの植物が生育していた

 ここでは2007年から太平洋深層水のセシウム濃度の超低レベル測定も行っており、2011年の東日本大震災時で福島第一原発から放出されたセシウムが太平洋にどれくらい広がっているのかも測定している。それによると海水表面の動きは早く、もう既に地球を1周しているというから驚きだ。
 このように海水の循環を調べれば、放射性物質の拡散の動きが分かり、今後の動きが予測できるとともに、さらには地球温暖化の影響などにも応用することも期待できる。

 ただ、こうした世界屈指の施設にも問題はある。研究者の技術レベルの向上である。優れた設備のおかげで高度な測定や分析はできるが、そのための純度の高いいわゆる「きれいな」試料を作ることは非常に難しいという。こうしたノウハウを持つ研究者の育成にはやはり時間も費用もかかる。「1番でなければいけないのか」と言った政治家がいるが、やはり1番を目指さなければ、日進月歩の科学の世界ではたちまち遅れをとっていくだろう。どんなにすばらしい設備があっても、それを取り扱うのは人なのである。
 坑道の入り口横では、実験装置の維持のために、寒冷地の気候を利用して自前で空気から液体窒素を作っている。その量は1日6〜70リットル。研究者たちは自ら液体窒素のタンクを持って狭いトンネル内を通り、プレハブ小屋まで運ぶ毎日だ。世界最高水準の微弱放射能測定は、このような日々地道な作業に支えられていることを改めて知った。
 冬はまず坑道に行くまでの雪かきからと聞いた。今年、北陸は数年に一度という寒波が何度も襲来し、雪との闘いの日々を送っている。廃坑のある山中の積雪もいかばかりか。研究者の皆さんにはとりわけ厳しい季節である。

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