日本エネルギー会議

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運転経験とリスク評価の知恵と知見 山口彰( 東京大学大学院 工学系研究科原子力専攻専攻長 教授)2018.2.21

 原子力エネルギーならびに技術の産業・学術利用は、日本にとって欠くべからざるものである。私たちは原子力の技術と人材を大切に育て、その水準と質を維持していかなければならない。原子力利用を支えていただく立地地域とともに発展すべく、互いに尊重し協働を進めなければならない。
 国民には、そのような原子力利用のあり方、私たちの暮らしを豊かなものとするために役立っていることを知っていただかなければならない。そのいずれもが大切で重要な問題である。そのような原子力エネルギーや技術の利用において、謙虚さ厳格さ、批判と寛容をもち、安全を確固たるものにしなければならない。
 原子力の安全を確固たるものにするとはどういうことか。重要な問題である。現場の方々は、原子力発電所や原子力研究施設を運転すればいろいろな事象が起こることは百も承知。とりわけ原子力分野では何かが起きるたびに、「信頼を失った、安心できない」だと叱責される。通常の状態に戻すのに大きな労力と期間が必要であり、それによる損失も甚大である。このような状況は、適切な姿だろうか、国民から信頼されるのか。
 さて、「誕生日の問題」というものをご存知だろうか。一つの部屋に誕生日が同じ2人がいる可能性が、いない可能性より高くなるには、その部屋に何人いればよいかという問題である。同じ部屋に同じ誕生日の人がいるというのは稀で驚くべきことだと直感し、運命のようなものを感じるかもしれない。うるう年は考えないとして、誕生日は365通りある。正解は23人となる。意外と少ない。
 実際に計算してみる。ある人の誕生日が自分の誕生日と違う確率は364/365である。部屋にいる23人の誕生日が全て自分の誕生日と違う確率は、364/365を22回かけた数字で0.94になる。部屋の中の誰かが自分と同じ誕生日である確率は1-0.94=0.06である。
 なるほど、小さい確率である。23人の部屋では100回に6回ぐらいしか経験しない。しかし、この計算は正しくない。0.06は、自分と同じ誕生日の人がいる確率である。部屋には23人もいるので、誕生日が同じとなる人の組み合わせの数はずっと多い。
 「誕生日の問題」は誰かが同じ誕生日である確率なので、ここでは組み合わせの数を考慮しなければならない。全ての人の誕生日が違う確率は364/365×363/365×・・・343/365=0.49である。したがって部屋の誰か(三人以上でも二組み以上でもよい)の誕生日が同じである確率は1-0.49=0.51である。50%以上の確率でこのような状況は発生する。
 自分だけに着目していると誕生日が同じ人がいる確率は6%にすぎず稀有なことのように思えても、部屋全体を見渡せば51%の確率で誰か同じ誕生日の組合せがある。多くの組合せの数があるからであり、よってこのような経験は驚くにあたらない。スポーツで珍プレー好プレーの特集が組めるのは、たくさんのプレーヤーが膨大な数のプレーをするからであり、その中には必ずと言っていいほど珍プレー好プレーが生まれる。
 珍プレーがあったとしてもそれはそのスポーツのレベルが低いからではない。多くのプレーヤーが何度もプレーをするので、その中にはあっと驚くようなことも起こるわけである。膨大な数のプレーからそのようなものを抽出すれば、日常的なことをとても印象的に演出してみせることができる。
 原子力安全の分野では予兆事象分析という手法が使われる。原子力施設で実際に起きたトラブルや事故事象を仮定してリスク評価を行い、条件付きの炉心損傷確率などを計算、その事象の安全重要度を評価する方法である。例えば、フランスのルブライエ原子力発電所の1999年の洪水は、条件つき炉心損傷確率は3%程度であった。そこから学ぶことは、単なる数字だけではない。
 洪水によってどのようなことが起こるのか、その安全性への影響はどのようであるか、有効な対策は何か、どんなマニュアルを用意し訓練をしておけば良いのか、規制基準に反映すべきことはないか。世界中でおよそ440基の原子力発電所が運転している。そのいずれかでトラブルや事故事象がある頻度で発生することは、部屋の中に同じ誕生日の人がいることと同じように驚くべき稀なことではない。
 原子力施設を運転するということは、毎日が苦労と緊張の連続なのである。トラブルが発生すれば非難される。トラブルとはさまざまな知見を示唆してくれるものである。運転経験から得られる知見とリスク評価が生み出す知恵は、原子力安全を高め、国民の信頼を得る不可欠な要素なのである。
 それなのに、トラブルが起きるのはけしからん、リスク評価は成熟していないから使えない、などと考えることは、原子力安全を高めていくことと正反対の所業である。現状から改善すべき点はないかをいつも考え、得られた経験やリスク評価から知見を学び取り、それを教訓として取り込む準備ができていること、これが「安全が確固たるものになっている」ということであると思う。

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