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「ゲイツ原発」、中国で開発始動−期待先行、見通しは不明 石井孝明(経済・環境ジャーナリスト) 2018.5.29


(写真)原子力開発を進めるビル・ゲイツ氏(Wikipediaより)

 マイクロソフトの創業者で慈善事業家であるビル・ゲイツ氏が原子力とエネルギー問題に深くかかわっていることを、ご存じだろうか。ITと原子力は関係がなさそうに見えるが、冷徹なビジネスマンである彼らしい合理性で、その持つ可能性に注目している。

 ゲイツ氏は17年末時点で推定資産860億ドル(約9兆2000億円)を持つ世界一の富豪。その資産を慈善事業に投じて使い切るという。途上国でのエネルギー供給と地球温暖化防止のために、大量にエネルギーを作り出せて、温室効果ガスの排出がない、そして安全で安い小型原発に注目した。ゲイツ氏の出資する米原子力企業テラパワーが、新型原子炉TWR(Traveling Wave Reactors:進行波炉)の開発を進めている

 ゲイツ氏とテラパワー社は、中国の原子力発電大手の中国核工業集団(中核集団)などとので合弁企業の中核河北核電有限公司(河北省滄州市)を17年11月に設立した。5年以内のTWRの実用化を目指すという。

■ビル・ゲイツ氏、合理的なビジネスマンの視点から原子力に注目

 ゲイツ氏は原子力発電について一般向けにまとまった論考、発表などを残していない。原子力の利用について反対を含めてさまざまな意見があるために、慎重な対応をしているのだろう。ただし2010年のTED(著名人の講演)、2012年米エネルギー省のシンポジウム、メディアへのコメントなどで、断片的に意見が示されている。

 ゲイツ氏はTEDで以下の発言をしている。温室効果ガスの削減のための脱化石燃料、発展途上国へのエネルギー供給を考える中で、以下の結論を得たという。(「温室効果ガスゼロへの技術革新」日本語字幕在り、2010年2月)

▼再生可能エネルギーは化石燃料を必要としない点では優れているが、そのエネルギー密度は発電所に比べ著しく低いため、普通の発電所の何千倍もの面積が必要。太陽や風のような不安定な供給源に頼れない。

▼その手段として、蓄電池(バッテリー)を検討したが、それは難しい。再生可能エネルギーでまかなえるのは、電力の30%が上限だろう。100%まかなうには、今の100倍以上に電気の貯蔵能力を改善できる奇蹟的な技術革新が必要だ。

▼発電効率が高く温室効果ガス、二酸化炭素が出ないのは原子力。私の投資しているテラパワーは、ウランの1%のU235を燃焼させる代わりに残りのU238を燃焼させる原子炉だ。99%を燃料として使用することで、コスト面で劇的な改善が得られる。燃料の劣化ウランは数百年分あり、ほぼ無尽蔵だ。

▼米エネルギー省の開催したARPA-E(エネルギーの研究支援制度)のシンポジウム(2012年6月)で、ゲイツ氏は原則として政府は民間に介入すべきではないが、国民の共有財産となる基礎研究は支援すべきだとした。脱化石燃料の一つであり、政府の核物質管理の必要な原子力研究で期待したいと述べた。ただしこのプロジェクトはトランプ政権で支援が大幅に縮小されてしまった。
(2012年6月、「21st Century Energy Challenges」

▼ゲイツ氏は再エネ投資にも積極的だ。2015年には再エネで、5年で2500億円の投資をすることを発表している。原子力も再エネも、それぞれの長所を認め、積極的に進めようとしている。

 ゲイツ氏の発言は、エネルギーの専門家には当たり前のことだが、こういう知識は一般には共有されていない。ビジネスマンの視点で合理的に考えれば、原子力は温暖化と貧困を解決する有力な手段の一つということだろう。

 ゲイツ氏の進める原子炉のTWRの特徴は低コストと高い安全性とされる。ウランから燃料をつくる際に生じる劣化ウランを燃料に使い、最長100年間も燃料交換せずに動く。さらに廃棄物も少ないという。この「ゲイツ原発」に協力していたのは日本の東芝だった。ゲイツ氏は東芝とのTWRの共同開発を検討していたが、11年の東京電力福島第1原子力発電所の事故でその動きは止まってしまったもようだ。今回のTWRの開発にも、東芝は出てこなかった。

 先進国では市民の反対運動、そして財政問題から、なかなか原子力研究に動かない。それに協力を申し出たのが中国だ。

■原子力の技術と産業を支配したい中国の思惑

 2015年9月に習近平国家主席が米国を訪問。その際にエネルギー産業関係者と共にゲイツ氏を訪問し、新型原発の建設で協力することを表明した。ゲイツ氏はテラパワーに関連企業などを通じて30億ドル以上の巨費を投じているという説もある。世界一の大富豪とであっても、民間の力だけでは原子炉はできない。政府の支援や協力、実験が必要となる。彼が原子炉の実現のために、米国がさまざまな場面で対立している中国と組むことはやむを得ない選択だっただろう。

 中国からの報道によれば、合弁会社の設立で、李克強中国首相は「米国側の進んだ技術と、中国側の知恵や突破力を組み合わせて共存共栄したい」とわざわざ声明を発表し、ゲイツ氏も「協力の未来図を美しい現実に変えていきたい」と応じた。

 中国は原発の国内での建設、海外への輸出に積極的だ。脱化石燃料を進めて大気汚染を減らす発電方法として注目している。そして原子炉は1基あたり数千億円と高額で、産業としても多くの雇用を生む。企業グループ中国核工業集団(中核集団)が中心となって合弁会社をつくり、ゲイツ氏との共同研究を進めようとしている。

 中国とゲイツ氏の両者の思惑が一致して、今回の事業会社の立ち上げに到った。ただし温度差があるようだ。昨年末から中国語のニュースサイトでは、「核電」(中国語での原子力発電)「GATES」のニュースが急増した。当局が報道を推奨しているようだ。ところがゲイツ氏本人は、この合弁企業を積極的にPRしていない。そして続報は少ない。当初は2018年中の実験炉の建設着工を目指していたが、まだその発表はない。

 「進行波炉は新しい技術で、具体的な形にするのは困難。『ゲイツ原発』も、開発スケジュールが示されていない」(原子力技術者)とされる。この原発に世界的な期待は高まるものの、先行きは見通せないようだ。

■日本の原子力での地位低下

 新型原子炉に関する日本の現状を見てみよう。福島原発事故のあと、原子力の新しい技術開発は止まってしまった。そして期待された高速増殖炉もんじゅは、1991年の完成後に、小さな事故が積み重なり、ほとんど稼働できないまま、2016年末に廃炉が決まった。その研究をどのように活かすのか、次世代原発をどうするのか。フランスとの共同開発の議論も出たが、まだ具体化していない。政府は動かず、担い手である電力会社は、原発の再稼動の安全対策のために、それどころではない状況だ。

 政権与党の自民党は資源エネルギー部会でようやく次世代原発の議論をはじめた。しかし、ある自民党の重鎮は話す。「もんじゅができた1990年代とは、まったく雰囲気が違ってしまった。自民党に原子力を推進しようという熱意がなくなった。自分が党内の会議に出ると、浦島太郎のような感じがしている」という。自民党は決して原子力推進で一枚岩ではない。その議員はこう懸念した。「日本は東芝、三菱重工、日立という3つの製造メーカーがあり、原子力産業は世界の先端を走っていた。その地位が中国に奪われつつある。「ゲイツ原発」で決定的に差がつくかもしれない」。

 原子力は巨大な力を生む。そしてその技術は軍事目的への転用も可能であり、開発はそれぞれの国策に左右される。ゲイツ氏は冷徹なビジネスマンである以上、中国政府とその企業の強さと怖さを十分承知して協力しているのだろう。彼の持つ夢のように、新しい原子炉で、世界の電力・エネルギーが確保され、多くの人が幸福になるかもしれない。

 しかし新しい原子力技術を中国が握ったら、中国を利する形で、さまざまな影響が広がっていくことも考えられる。これまで技術を受け入れる立場だった中国が、原子力をきっかけに新しい技術を自ら作り出し、それを使って世界の特定産業を支配する状況が始まるかもしれない。一方で、TWRの実用化は失敗してしまう可能性もある。

 「ゲイツ原発」の先行きは見通せないが、原子力と次世代のエネルギーの状況に、大きな影響を与えていくことになるだろう。その新技術が日本の上を素通りしてしまったのは悲しいことだが、隣国で進む新しい動きに注目していきたい。

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