日本エネルギー会議

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ネット時代における「信頼」 高橋信(東北大学 教授、技術研究組合制御システムセキュリティセンター東北多賀城本部長)

現代における社会問題において、「信頼:trust」が重要な役割を持つことに異論を唱える人はいないと思う。企業においても信頼を得ることが重要であることは常識であり、逆に信頼を失うことが致命的なダメージにつながることも広く認識されている。近年散見される大企業における不祥事は、信頼を失うことの影響の大きさを示す良い例となっている。組織としての信頼と共に、個人としての信頼も重要である。私は原子力立地地域における対話の経験があるが、そこで学んだことはコミュニケーションにおける信頼の重要性である。信頼のないところにはコミュニケーションは成立しない。行政が行う市民への説明会というものが各地で行われているが、そこでは情報を提供する側の信頼性が問われている。行政側としても努力はしているが残念ながら十分な信頼が醸成されて実のあるコミュニケーションが成立している例は少ないように思われる。

このようにエネルギー問題を含む多くの社会問題におけるコミュニケーションの成立に重要な意味を持つ「信頼」であるが、その信頼そのものの在り方が、ネットワークが社会の情報伝達の基盤となった現在、大きく変革していることを共有型経済の概念を提唱したレイチェル・ボッツマンが著書「TRUST」の中で述べている。この本の帯にはこうある。「なぜ政府や企業、マスコミを信頼しないのに見知らぬ人間の口コミは信用するのか?」

従来、信頼を醸成するための情報はマスメディアによって提供され、それに基づいて判断が下される場合が多かった。しかしながら、マスメディアに対する信頼が相対的に低下し、インターネットによる直接の情報のチャンネルが広まった現在、信頼が醸成されるメカニズムは大きく変化している。この典型例として紹介されているがウーバーである。ウーバーは単なるタクシーの配車システムではなく、個人が空き時間を利用して他人を運ぶという、これまでにない仕組みを導入している。ユーザーは配車アプリで近くにいる利用可能な車を探し、見つかった車に乗ることになるが、ドライバーは全くの他人である。タクシーであればタクシー会社という組織がドライバーの背景的保証となりそれを信頼して利用するになるが、見知らぬ個人の車に乗り込むことに躊躇しないのかという疑問が生まれるが、このシステムは大成功を収め、既にアメリカではウーバーは市民権を得ている。

ウーバーの成功のベースにあるのは多数の利用者による相互評価とその情報の開示である。ユーザーは予約時にそのドライバーの評価を確認することができるし、ドライバーは予約を入れてきたユーザーのこれまでの利用履歴と評価を確認することができる。これによりサービスを提供するドライバーと利用するユーザの間には「信頼」関係が生まれるのである。この仕組みはeコマースにおける出品者の評価と同様の仕組みであり、eコーマースの多くのプラットフォームでは商品を購入するときには購入先の「信頼性」を知ることができる。この本にはeコマースの信頼性獲得に関して、非合法的な品物を取引するいわゆる「ブラックマーケット」に関する興味深い例が述べられている。裏世界におけるネット上での取引に関しても相互評価システムが有効に機能していて、「悪人」であるはずの出品者は品質、納期に関して気を配り、取引が有効に機能しているのだそうである。非合法的な取引をしている信頼できないはずの人の間にも、別の意味での「信頼」が構築されているということである。もちろん相互評価システムにも問題はある。最も深刻なのは相互評価情報そのものの信頼性である。全ての信頼はこの評価情報に基づいており、この情報の信頼性が失われたら全ての信頼が崩壊する。更には、このような評価システムがその人そのものの評価として格付けに利用される危険性が中国を例に取り述べられており、プライバシーのないディストピア社会の危険性も指摘されている。

ここまでネットワーク社会における新しい信頼構築の仕組みについて述べてきたが、今の日本におけるエネルギー政策の決定過程において、このような信頼関係が決定的に欠如しているように見える。一般市民は誰を信じていいのかわからない。政府は信用できない。電力会社も信用できない。特定の団体、組織も信用できない。こんな状況の中で、耳に心地良くわかりやすい(誤った)主張が、本来なら「信頼」されない人、組織から発信され、信じられてしまうという状況が発生している。相互評価のシステムが単純な解決策となるとは限らないが、現状を打破し「信頼」を獲得するために一つの方向性となり得るのではないかと思う。
 もちろん理想的なのは、「顔の見える」、「信頼できる」専門家が、信頼を獲得してコミュニケーションを行うことである。しかし、個人の属人的な資質に頼ることには限界がある。HPによる情報提供といった紋切り型の方策を見直して、ネットワーク社会における信頼獲得の仕組みを戦略的に考える必要があるではないだろうか。

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