日本エネルギー会議

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原子力の光と影:原子力のリスク問題 内山洋司(筑波大学 名誉教授)

1.はじめに
原子力特有のリスクとして、これまでも述べてきたが、“重大事故”、“放射線影響”、“最終処分”、“核セキュリティ”が挙げられる。それらは、事象の社会的な影響の大きさが甚大であるだけでなく、広範囲かつ長期的なリスクであり、化石燃料や再生可能エネルギーのリスクとは大きく異なるものである。
福島第一発電所の原子力事故が発生したことで原子力リスク、取り分け重大事故と放射線影響への社会不安が拡大した。事故から8年が経とうとしている現在もなお、放射線に汚染された地域は完全に復旧されておらず、また事故炉の廃止措置の目処も立たない状態にあって、人々の原子力への不安は解消されていない。
原子力発電は、わが国において、電力の安定かつ安価な供給だけでなく、エネルギー安全保障の確立と地球温暖化対策においても重要な役割が果たせるエネルギー源と看做されている。しかし、そういった利点が生かされるには、国民や立地住民の方々の理解が不可欠となる。現在、停止中の原子力発電所の再稼働はもちろん、原子力施設の建設と運用において、人々が安心できるレベルにまで原子力が持つリスクを低減する安全対策が必要となる。同時に、原子力事業者には国民や住民とのリスクコミュニケーションによって安全対策への理解を深めていく努力が求められる。

2.原子力問題の利害関係者
原子力は、他のエネルギー源に比べて利害関係者が多様であることに特徴がある。利害関係者は、基本的には、原子力を容認・推進する立場と原子力を批判・否定する立場に分かれるが、国民の多くは利害関係者に属さずどちらの立場にもない。利害関係者の数やどの立場になるかは、原子力施設の事故や放射性物質漏洩の有無、原子力の産業規模、あるいは社会のエネルギー情勢等によって変わる。
(1)原子力を容認・推進する立場
わが国、あるいは世界のエネルギー供給に原子力が必要であると思っている人々である。主に、原子力施設や関連企業・機関に勤めていたり、あるいは何らかの関係者で、それによって生活が支えられていたり利益を得ている人々が該当する。利益を何ら受けていない一般人の中にも、同じ考えを持った人がいる。
ア. 原子力発電所を建設、運転、保守、管理している電気事業者とメーカなどの関連企業
イ. 原子力開発の業務や研究を行っている行政、研究組織、大学の関係者
ウ. 原子力施設があることで生活が支えられている立地地域の人々
エ. 原子力を推進し、容認することで何らかの利益が得られる人々(政治家も入る)
オ. 利益を得てはいないが世界と日本のエネルギー源として原子力が必要と判断している人々
(2)原子力を批判・反対する立場
原子力は社会の持続可能な発展につながらないと思っている人々で、原子力施設の事故や放射線影響に不安を抱いている人々である。反対理由として、具体的には“重大事故への懸念”“放射性廃棄物と廃炉の問題に根本的な解決策がない”、“核拡散への懸念”、“未来世代の生存可能性を脅かす世代間正義の問題”、“巨額の資本コストが必要になる”、“業界が政府をセーフティネットに利用するモラル・ハザード問題点“などが挙げられる。
① 反原発を唱えている政党メンバー
② 反原発を唱えている思想家・NPO
③ 広島・長崎の被爆者ならびに関係者で批判的な人々
④ 原子力に批判的な教育者、学者、あるいは芸術家(科学者、法学者、文学者、哲学者など幅広い分野に見られる)
⑤ 立地地域などで経済的な見返りを求めて批判する人や団体
⑥ 地元テレビ・新聞に多く見られる扇動的なマスコミ
⑦ 原子力や放射線の危険性を訴える一般人
⑧ 福島事故以降に加わった新批判派

上記の批判・反対派には、原子力を絶対に容認しない過激な立場の人から、できれば原子力に依存したくないという温厚な立場の人まで幅広くいる。また、立場が重複している人も多く、相互に連携し合って状況に応じた批判活動を行っている。通常は、推進派と批判派の数の分布は下記破線の正規分布で表されるが、福島第一発電所事故のような重大事故が発生したことで、分布関数の平均値が左側にシフトした実線で示されるベータ関数に変化している。関数形が再び正規分布に戻るまでの時間は、事故の重大さに大きく影響を受けており、福島事故の場合、影響度合いが大きかったために、戻るまでの時間は長くなると予想される。

3.リスクとは
リスクとは、もともと経営や保険の分野から登場した概念である。金融機関や保険会社では早くから投資や株、それに保険料の算定などにおいてしばしばリスクという言葉が使われてきた。その後、リスクを使う範囲は、経済、食品、医療、技術、環境、情報などの分野へと広がっており、今ではリスクという言葉は人々に日常的に使われるようになっている。現代のグローバル化した高度技術社会では、リスクの種類は多種多様で、現代社会が直面しているリスク事象を挙げると表1のような事例がある。表の中で、それぞれのリスクの大きさは、状況によって大きく異なるために比較は難しいが、最も影響力が大きいのは戦争と貧困と考えられる。

表の事象は社会全体から見た被害規模と範囲の大きさによって2つに分類されているが、規模や範囲は実際には状況によって異なるために明確に分けることはできない。表に示されたリスク事象には、損失・被害・災害の可能性、期待された結果と現実の差異、期待したものと異なった結果が生じる可能性など不確実であいまいな面がある。リスクの性質には、「その事象が顕在化すると、望ましくない影響が発生する」と「その事象がいつ顕在化するかが明らかでないという発生の不確実性がある」がある。望ましくない影響は、受け手の持つ価値や選好が様相によって左右される内容のもので、しかも、主体は常に同じ価値や選好の意識を持っているのではなく、個人的、社会的状況によってリスクの大きさは変化する。すなわち、物理的に観測・推定される客観的リスク評価と主観的リスク評価とは一致しないことが少なくない。不確実性は、あいまい性とは異なり、確率的なもの、偶発的なもの、未解明のもの、予見不能なもの、交渉条件的なものを指している。

リスクを一義的に定義することは難しいが、それらに共通するのは負の要因である「損失」が含まれること。リスクとは、現時点より先に起こりうる可能性がある事象の「損失」の大きさを定量的に表すことと考えられる。被害規模を損失の大きさと捉える考えは、人間活動で対応できる範囲に絞られていることである。これからリスクを判断する基準は、被害に対して対応可能な範囲、すなわち我慢できる範囲をいい、危機や破局のように対応不可能な被害や、それとは逆に広く受け入れられている程度の被害はリスクと見做されない。
ISO/IEC Guide732)によると、リスクは「事象(event)」「発生確率(probability)」「結果(consequence)」という概念の組み合わせと定義されている。
これを定式化すると、式(1)のようにリスクは発生確率と被害規模の関数になる。
リスク=f(発生確率,被害規模)・・・(1)
上式でリスクを発生確率と被害規模の積になると仮定すると、リスクの大きさは図2に示す長方形の面積となる。リスクの低減とは、長方形の面積を小さくすることであり、それには事象の発生確率と被害の大きさである被害規模をできるだけ小さくしなければならない。

被害には人々の健康影響だけでなく、被害を受けた人の経済損失も含まれる。被害の対象が生態系であれば、生態系が破壊されたことによる損失、あるいはそれをコストに換算した経済損失となる。例えば、原子力事故で避難を余儀なくされた人には、健康被害への補償だけでなく、避難している間の生活や企業活動の停止によって発生した経済的な補償も必要になる。被害規模は、事象の影響範囲で被害を受けた人々の経済損失を含めた被害の総和となる。もし、被害の大きさが一人あたり平均値で示されていれば、その値と人数の積になる(生態系であれば個体あたり被害度と個体数の積)。人や生態系への被害は、空間や時間によって変化する。放射線被曝のように影響が長時間にわたって続く事象の場合、被害規模は大きくなる。被害規模は、一般に損失余命(LLE: loss of life expectancy)や損害額など客観的な指標によって定量化が可能である。しかし、リスクの認知になると、それは人の意思によるもので、科学的な方法で客観的に指標化することは難しい。人が感じる被害の大きさは事象の種類によってしばしば異なる。リスクは次に示す要因によってその認知の大きさが変わる。

① 自発的か強制的か(ロッククライミングは自発的なリスクであり、登山者はリスクが大きくても登る。シートベルトの義務化によって自動車の事故リスクは高く感じる。)
② 親近感(自動車は身近で親近感がある乗り物であるため、リスクが大きくても乗る。しかし、たまにしか乗らない航空機には親近感がないため、大きなリスクがあると思う。)
③ 時間軸(現在、発生している事象である大気汚染、BSE、鳥インフルエンザなどのリスクは大きく感じるが、喫煙、飲酒、エイズ、さらには地球温暖化など将来の事象になるとリスクへの認知は小さくなる。)
④ 表現方法(恐怖を煽る専門家によって、リスクの情報が歪曲される。)

上に示す事象は、人によってそのリスクを認知する度合いが異なる。事象について経験が豊富な人ほど、またリスク情報を正確に理解している人ほど、当該事象のリスクは小さく感じる。かといって、すべての人々があらゆる事象について正しいリスク情報を理解しえいることはあり得ない。そのため、風評被害のように、報道の仕方によってはリスクの大きさが過大に伝わることで、被害の規模が拡大することもある。風評被害を避けるためには、報道関係者は過大報道にならないように、正しいリスク情報を人々に伝達しなければならない。このようにリスクは、発生側の事象の発生確率や直接的な被害規模だけでなく、受け手側のリスクの認知によっても、その大きさが変わる。後者の認知されるリスクの大きさは、事象の種類、報道内容、人の属性(性別、年齢、所得、病歴、思想など)に依存しており、その内容を客観的な立場から数量化し指標化することが難しい。

リスクの低減には、発生確率と被害規模を小さくするだけでなく、人々のリスクに対する認知を低減する努力が求められる。リスクの情報を公にしなければリスクへの認知は下がることになるが、リスク情報の隠蔽だけは避けるべきである。情報の隠蔽は、リスクを軽減する解決にはならない。情報が公になったとき、隠した組織への不信感は増大し、社会的にも大きな事件へと発展する。むしろ、情報を積極的に開示することで、人々のリスクに対する理解を高めていく必要がある。リスク情報を関係者である市民、行政、専門家、企業に広く公開することで、関係者間の意思疎通と合意形成が求められる。公の立場から客観的にリスクが評価されれば、発生確率や被害規模を低減する方策が検討されることになる。受け手側のリスクの認知が発生側のリスクを低減するフィードバックシステムを社会に形成すべきである。

4.原子力リスクコミュニケーションの課題
原子力を容認・推進するか、それとも批判・反対するかは、原子力に内在するリスクに対する判断の違いから、立場が分かれているといえる。推進する立場にある事業者は、過去のリスク事象を踏まえた安全対策に取り組みリスクは小さいと判断している。しかし、他の科学技術と同様に、事故や環境影響が絶対に発生しないと断言することは不可能である。反対派、とりわけ過激な立場の人は、リスクを絶対に近いレベルにまで低減することを要求する。中には、原子力発電を全廃するために無理を承知で要求している人もいる。福島第一の発電所事故によって原子力事業者や技術者への信頼が低下しており、また批判する人の数が多くなっている中で、反対する立場の人の勢いが増している。

しかし、リスクを冷静に判断する人々が多い。リスクコミュニケーションとは、様々な意見を聞くことで問題点やリスクを客観的に判断し、物事を前向きに進めていこうと考える人とのコミュニケーションである。市民参加型のコミュニケーションとして、シンポジウム、公開討論会、円卓会議、研修会、勉強会など、様々な方法や場が取られているが、より多くの人々が集まるシンポジウムや公開討論会では、一部の過激な立場にある人々が最前列に陣取り、彼らの主張のアピールに利用されることがしばしばある。様々な意見を持つ多くの人々を納得させるスクコミュニケーションを創出することは難しいことである。できるだけ多くの人々とのコンセンサス作りが必要になる。ここで言うコンセンサスとは、推進派の意見を一方的に押し付けるのではなく、立場が異なる人々の意見の違いがどこにあるのかを客観的に明らかにし、その違いを相互に理解し合うことである。

その方法として、民主的なリスクコミュニケーションが考えられる。例えば、原発立地地域で「原子力の安全性」というテーマを決めて討論することを考えよう。立地地域を市町村レベルで区分し地域討論会を開催する。討論会の参加者は、それぞれの地域で異なる意見を持つ複数の代表者で、モデレータを介して議論と会う。もちろん、会場からも意見を聞き、モデレータは極端に違う立場にある代表者の意見の相違を明確にする。また、両者の意見に対して会場の参加者がどれだけ賛同しているかを集計する。さらに、討議に参加した地域代表者から2名を選出し、全体討論会への参加を要請する。全体討論会は、各地域から選ばれた人同士の討論会となる。それは大きな会場で実施することになる。全体討論会では、冒頭、コーディネータが各地域の討論会の結果を報告し、論点を明確にした上でその後に代表者同士の討論を実施する。混乱を避けるために会場からは意見を受けないことが望ましい。最終的には、コーディネータはその地域における「原子力の安全性」についての意見の相違と解決すべき課題をまとめることになる。テーマとしては、それ以外に「電力の安定供給」「地球温暖化対策」「原子力と地域振興」など地域の人が求めている課題が望まれる。

5.おわりに
福島第一発電所の原子力事故から間もなく8年が経とうとしている。放射性物質の周辺地域への汚染は、大分改善されてきたとはいえ、まだ避難を余儀なくされている住民がいる。また、避難生活が長期化し、すでに避難先の地域で生計を立てている人たちの数も少なくない。さらに風評被害によって被害を受けている人々もいる。被害にあった人々に対して金銭面で様々な補償がされていても、心の傷は残る。
事故を起こした原子炉の処理は、以前から見て進んではいるが、残されている課題も多い。汚染水の処理、デブリの撤去と処理、廃止措置など、何時になったら安心できる状態になるのかまだ目処が立っていない。今回の原子力事故は、事故炉の処理処分だけでなく、原子炉から放射性物質が周辺環境に広範囲に放出されたときの社会影響の甚大さを多くの人々に実感させた。
世論へのアンケート結果を見ても、約7割以上の人たちが原子力へ批判的になっている。
批判的な立場にあるのは一般の人々だけでなく、政治家、学者、教育者、文学者、芸術家など幅広い分野に及んでいる。原子力の必要性を擁護する人の数は少なく、また批判はしないが原子力問題には距離をおいている人も多い。
原子力の将来に明るい見通しが見られない。元号が変わる今年、住民や国民から理解され信頼される原子力利用のあり方を再考する年になってほしい。

参考文献
1) 内山洋司、羽田野祐子、岡島敬一、「エネルギーシステムの社会リスク」共著、コロナ社、(2012年5月発刊)
2) http://www.iso.org/iso/en/ISOOnline.frontpage/

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