日本エネルギー会議

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消費国にとって強みとなる長期戦略の実施を目指せ 小川芳樹(東洋大学 経済学部 学部長)

パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会は、2018年8月から5回にわたって積み重ねてきた議論を集約して提言を取りまとめた。パリ協定では、世界全体の平均気温の上昇を産業革命前より2℃高い水準から十分に下回って1.5℃高い水準までに抑えるため今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出量を吸収量と均衡させることが必要とされている。このパリ協定を踏まえた長期の成長戦略を描くことが、この懇談会が求められたタスクである。

公表された提言書では、2050年までに温室効果ガスの80%削減に大胆に取り組むとともに、今世紀後半の早期に脱炭素社会の実現を目指す野心的なビジョンに挑戦する考えを打ち出した。具体的には、2050年およびそれ以降に向けて、①再生可能エネルギーの主力電源化、②水素社会の実現、③石炭火力からのCO2排出の削減、④CCS・CCUの実用化などをエネルギー転換・脱炭素化の大きな方向性として掲げている。

わが国がこれまで歴史的に積み重ねてきたエネルギー・環境対策は、個別エネルギー源の安定供給を重視して供給サイドにより大きな力点を置くものであったと断じても過言ではない。しかしながら、今回の提言が非連続なイノベーションを不可欠とする環境と成長の好循環を目指すのであれば、エネルギー消費国であるわが国にとって競争力の源泉、強みとなる長期戦略の策定・工夫にこそさらに注力すべきではなかろうか。

エネルギー消費国の視点からみれば、需要サイドのエネルギーの使い方における対策こそが重要であるが、提言で「エネルギー効率の向上(省エネルギー)」として取り上げられたこの部分は非連続なイノベーションの色彩が弱く従来の議論の延長線上にとどまっているように見受けられる。近年ではLEDの発明と普及がその代表例といえるであろうが、エネルギー需要サイドの革新的な技術開発にもっと力点を置く長期ビジョンを打ち出してもよいのではなかろうか。

鉄鋼業、石油精製業、石油化学工業、窯業・土石業、非鉄金属業といったエネルギー多消費産業は大量のエネルギーを投入して製品を生産しているが、この大量のエネルギーを投入しなくても同じ製品を産出できる技術のブレークスルーを発見することは、消費国であるわが国がもっと目を向けて力を注いでよい分野といえよう。例えば、適切な触媒を発見することによって高熱を加えなくとも反応を引き起こす革新的な製造工程を化学工業で開発できる可能性は存在する。

今回の提言では「CCS・CCUの実用化」も取り上げられているが、消費国としてのわが国の強みという視点を考えた場合は、大気中へ排出される前にCO2を回収してそれを有効利用するCCUの技術開発に率先して取り組むことが重要であると考えられる。CO2は最後にたどり着く廃棄物の1つと考えられるが、地球上の植物に光合成の仕組みが装備されたことを思えば、CCUの有効利用技術の開発は消費国のわが国が長期的に挑戦すべき重要課題といえるであろう。

また、今回の提言では「水素社会の実現」につながる具体策としてCO2フリー水素の製造コストを10 分の1にすること等による生産拡大を掲げているが、CO2フリー水素というのは再生可能エネルギーによる電力を用いて製造した水素のことであろうか。そうであれば、電力をさらに水素に変換しなければならない必然性は何なのか、変換ロスを発生させてまで水素に変える理由はどこにあるのかもっと深く考える必要があろう。

「水素社会の実現」を考える場合、製造コストの低減が重要な課題の1つであることはもちろんであるが、それ以上に本質的な課題は、新たに必要となる水素の供給インフラをわが国でどのようにして構築するかということである。エネルギー需要サイドの視点からみると、上述のいくつかの疑問点に説得力ある説明が得られないと、競争力を産み出す強みを有する選択肢として位置付けるのは難しいと言わざるを得ないであろう。

さて、最初に掲げられた「再生可能エネルギーの主力電源化」であるが、このためには再生可能エネルギーの発電コストの低減もさることながら、これまでにない優れた能力とコスト競争力を持つ次世代蓄電池へのブレークスルーが何よりも不可欠である。このような蓄電池が電力需給において幅広く機能することはこれまでの常識を大きく覆すことになり、エネルギー需要サイドの視点からみてもドラスティックな発想の転換を迫るものとなる。

いろいろと問題点を指摘してきたが、この小論を通じて私が最も主張したい点は、非連続なイノベーションを通じて環境と成長の好循環をもたらすための長期戦略を描くのであれば、消費国としてのわが国の強みを生かすことができる工夫と挑戦をもっと取り込んではどうかということである。消費国としてのわが国にとって国際競争力の源泉となり得る切り札は何なのか、それを深く考えると共に、その切り札を着実に実施できる仕組みの構築も検討が必要となろう。

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