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【北村俊郎】 復興計画のリセットを(その五)

双葉郡の各町村の高齢者は人口の20から25パーセント。14歳以下は15パーセント程度。15歳から64歳が60パーセントである。14歳以下の子供は、親の考えで住居が決まると見るのが普通だが、実際には子供が避難先で入った学校を途中で変わることを嫌がるので、小学生でも高校生でも卒業するまでは避難先から転居することは少ない。逆に親の方が仕事の関係で単身赴任あるいは長距離通勤を強いられる。現在、双葉郡の町村の子弟を対象に中高一貫校の建設が検討されているが、その場所によっては通える範囲が限定されるので、結局宿舎で生活することになり、果たして生徒が集まるかが不透明だ。

50代にもなれば、子供が大学入学しているか就職しているので、親は比較的自由に住居を決められる。双葉郡に住む人たちの持ち家率は福島県の持ち家率と同じく、都会よりも高い。持ち家率は30代で50パーセント、40代で   70パーセント、50代で85パーセント、60代以上ともなれば88パーセントと高率である。この人たちはなんらかの不動産賠償を受けているので、自宅には住まないで、子供のことを考えて別の場所に家を再建する可能性が高い。

次に、いわゆる生産年齢である14歳(ほとんどの子供が高校には行くので実際には18歳)から64歳までは、どのような職業に従事していたか、そして避難後、それはどのようになったのかについて見る必要がある。

統計資料によれば、双葉郡の各町村における第一次産業従業者は1割未満、第二次産業従業者が4割だった。第二次産業では建設業が製造業を圧倒していた。一番多かったのが、第三次産業の6割。彼らが今どのようにしているのか。農業、林業、漁業などいわゆる第一次産業に従事している人の多くが農地や山林に立ち入れない、あるいは放射能汚染で作業が出来ない状態だ。漁業も帰還出来ていないので、富岡漁港や浪江町の請戸漁港などにある漁船や施設は津波被害を免れていたとしても使えない。最近、試験操業をしているのは双葉郡の北にある相馬港や南にあるいわき市の漁港の関係者だ。

避難している第一次産業の従事者たちは、賠償をもらって何もしないか、除染などの仕事をしているに過ぎない。この賠償は過去の実績をもとに事故後5年間支払われることになっている。帰還困難区域および居住制限区域の農家は農業を再開することをほぼ諦めている。それは放射能との闘いの困難さより自らが高齢であることの方が影響している。

第二次産業従事者は、県内の建設業が復興や除染に忙しく、避難先でもいくらでも仕事がある。また、原発関係に従事していた人で、いわき市などに仮住まいし、そこから福島第一原発、第二原発関係の仕事に戻っているケースもある。東京電力の賠償は仕事をしていても3年間は収入分を相殺されない。このため仕事をしないでいる人もいる。製造業では、工場を圏外に移転して再開した企業もあり、この場合は再雇用されている。

役場や団体、電力会社、商業、サービス業など第三次産業の従事者だった人たちは、役場や大企業は避難先でもそのまま雇用が継続されている。個人事業主、例えば飲食店経営者や自動車修理業者などは避難先で開店している例もある。一番人数の多い非正規労働者、パートの人たちはそれぞれ避難先で、働いているが、この人たちも3年間は就労不能損害を受けることが出来る。自治体が雇用を準備したとしても、生活基盤の問題などがあって、既に手にしている職を手放してまで元の自治体の職場に行くかは疑問だ。東京電力は就労不能損害支払いのために就業者の実態をどこよりも把握しているが、自治体も元住民の就業状況を調べてから対応する必要がある。

各自治体は、当面、避難指示解除準備区域を中心に企業の再開、商業施設の誘致を行うことが考えられる。この場合、そこで働く人々をどのように確保するか、生産したものをいかに販売ルートに乗せるか、商業施設の売上額をどのように確保していくかも併せて検討する必要がある。居住と雇用の関係は、互いに依存しあう。いずれにしても、その企業や施設の近傍一定の人口が維持出来てのことだ。その意味で、最近発表された県と町村の復興公営住宅はいずれも都市部を中心に建設が予定されていて、元の町村に人口を少しでも戻そうとする方向に逆行するものだ。

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